記念すべき1000件目の投稿!私はkokoaとのエピソードを捧ぐことにした!
kokoaは難しい気性の患者さんだった!
kokoaとの出会いからも強烈だった!
私は病院で働くにあたって、掃除も満足に出来ない、子供を産んだことも無いから他人のシモの世話なんかもしたことは無かった。ぶっちゃけド素人の中のド素人で、よく同僚に出来ないという事で叱られたし罵詈雑言も吐かれたものである。
まあ、この出来ないレベルでそんな業界に足を踏み入れた自分は全くのチャレンジャーであったけれど。
最初の出勤の日に特別室(一日数万の部屋)に長期入院しているSさんの部屋にも主任に連れられあいさつ回りに行った。
「煩いわねーーーーーーーー!!!!挨拶なんてどうでもいいのよ!!!!!!!!」
凄い勢いで彼女は怒鳴っていた!
主任は「Sさんは変わり者だから」と教えてくれた。
Sさんは当時年齢は80歳をとうに超えていた。
Sさんはぶっちゃけ入院をするような病気ではなかった。時折ヒステリーを起こしては○○が悪いとか火がついたように怒鳴りだす人だった。
もちろん私もSさんの部屋に仕事で訪問しても、最初の頃はよく怒鳴られたものであった。
私は彼女の怒鳴りっぷりが気持ちよく感じたものである。怒鳴られてもちょくちょく行く私に彼女はだんだんと笑顔を見せてくれるようになった。
しかしワガママなSさんも足腰は次第と弱くなり、広い特別室の中で倒れ、そして叫んでも声が届かないで、巡回の時にやっと気付いてもらい・・・・彼女の寝たきり生活が始まった。
彼女が寝たきり状態に成ると、今まで言いなりだった人たちが、Sさんに冷たい物言いをするように成った。
もっとも勤務期間が短く、そして看護学校へ進学する事を控えていた私は表立って同僚に注意する事もできない・・・・代わりに私はSさんの部屋へちょこら×2訪問し、短い時間ではあるけれど話し相手になるようになった。
Sさんは、一人だけ笑顔で楽しく接してくれる私を好きだと言ってくれた。
私の方こそ自分の事を好きで居てくれるSさんが大好きだった。Sさんの笑顔が好きだった。
彼女はイロイロな事を話してくれた。昔の話や、婚約者が戦地に行き亡くなった事や、昔のキャリアウーマン時代の話など・・・
二人で秘密の呼び名と言うことで【kokoa】【koko】と呼び合うように成った!
また、彼女は看護学校に行くのなら英語が必要と手元に有る物を英単語で得意げに教えてくれた物である。
忙しかったり、同僚の目が有ったりで部屋に立ち寄れない時は、私は顔だけSさんの部屋に出し「kokoa!!!kokoa!!!!」と声を掛け、そして次にSさんの部屋に入ると私の姿を見て手を叩いて喜ぶSさんがとても好きだった。
私は看護学校への願書を出す直前に院内で人間不信に陥るような出来事が有った。当時の私は潔癖症であった。私は看護婦と言う仕事に魅力を一切感じなくなった。また女性のこの職場が本当にイヤになった。
「やっぱり。。。事務員に戻ろう!」
退職届けを提出した。
Sさんは私の退職を主任から聞き、そして号泣したそうである。
しかし私に逢った時には私の門出を喜んでくれたSさんであった。
Sさんのところには退職後1回、お邪魔してそれきりと成っていた。
そして何年か月日が流れた。
仕事中に外回りをしていたところ、当時の同僚に逢った。数少ない親切にしてくれた看護婦さんであった。Sさんがまだ入院しているよと教えてくれた。
居てもたっても居られなくなった私は、その日の夜にSさんの所に行った!
Sさんはすっかり体力が落ちた感じで虚ろな目をしていた。月日の経過を感じるまなざしであった。
「kokoaちゃん♪」
Sさんの目がパッ!と見開いた!!!そして腕の力で上体を起こし、二人で手を取り合って再会を喜んだものである。
そして一ヵ月後くらいに先日の看護婦さんにまた偶然会った!
「Sさんは亡くなったわよ」
私は不思議と悲しくなかった。
私のことを無条件で好きで居てくれたSさん。確かに自分の心の中のパズルは1個欠けた気持ちには成ったけれど。
再会の時も、私の写真に毎日話しかけているんだと言ってくれていたkokoa。
私はkokoaの事を忘れないで生きていく。
kokoaが大好きだったから。
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