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2006年7月22日 (土)

夢と希望

今朝はローリングストーンズの歌を聞きながら部屋の中を掃除した!

     

サティスファクションを聞いていたらがせんヤル気が溢れてきて、いつもより一生懸命掃除機をかけた!

       

汗を掻いた私はシャワーを浴び、そして洗濯もしてこうして簡単にお昼過ぎに成っていく!

何をしても、何もしなくても簡単に時間は過ぎていく!

     

一通りの労働を済ませ、こうしてのんびりと過ごしていると、さまざまな事を考え始めてしまう!

     

イラクへの派兵は成功であったのか?とか

放火魔の女の子はカワイイけれど、性的に不満足だったのか?とか

第一印象で生活をしなくては成らないのか?とか

      

    

特に第一印象の話でも書いてみたいと思う。

     

第一印象がいいか悪いかは解からないけれど、人は付き合いは続けて見なければ本当のところが見えなかったりする。

しかし世の中には、第一印象で付き合いを始め、そして相手の真の性格が解かり離れて行った時に、【裏切り者】扱いをする人も居る。

    

その自身は自分と言うものと長年付き合っているのだろうから、本当の自分は熱い人間だと、情熱的で更に誠実だと言いたいのかも知れない?

   

だけど他人は相手の底が見えて、そしてその底と言うものが自分に合わないと感じた時には簡単に離れていく。

     

それはどちらも悪いのではない。

     

少なくとも離れていったものを、どうのこうのと言う時点で未練がましいの一言に尽きるものである。

     

人は、第一印象で仲間だとか、秘密を共有したから仲間だとか、一人で居るのが怖いのかつるみたくてしょうがないのかもしれない?

      

だけれど、相手の本質が見えるまでは本当に時間は掛かるし、見えたときは付き合いに値しないと判断される可能性も有る。

    

そう判断する側にいることもあれば、判断される側になる事も日常茶飯事である。

   

誰だって、良いところと悪いところを抱えて、そして付き合っているうちに良いところだけを見たり、逆に悪いところだけを見たりして相手と言うものに白か黒かの色を付けたくなってしまう。

    

本当に相手がどう生きようが、私には相手の考えを変えることは出来ないし、私自身の考えが正しいかどうかも生きている間に是非が解かるかどうかも怪しいものである。

     

夢と希望だけしか語らない人が居る。

また、自分のことではなくて、友達だとか親の職業だとか、だれだれと知り合いだとか・・・・etc

そんな事で自分を装飾する人も居る。

      

私は、そういう人は信用しない。

    

人は相手を使って、自己満足を得たりする事も有る。

夢だけを語って、自己満足を得ようだなんてオナヌーと一緒である。

       

そうして自分の夢に同調してくれない人をボロクソに言う。

     

しかし人は見かけが9割である。

言葉での情報伝達手段は7%に過ぎない。

       

私は、言葉で・・・薄っぺらい言葉の妄想で、他人をコキ落としたりという言葉のマイナス点も承知している。

      

でたらめの噂話だとか、勝手な妄想だとかがいい例である。

     

もしも他人を言葉で判断するのなら、夢に向かって自分はどんな努力をしているのか?

そこまで、語れる相手でなければ信用できない。

     

本当に夢に向かって努力をしている姿は、例え失敗に終わろうが、そんな相手の瞳に私の怠惰な生活は叶わない!

      

夢と妄想しか語れない薄っぺら委相手に騙されて、そして気付いて去っていく事は大正解であり、そして相手に裏切り者だとかそんな言葉で罵られようが、自分が見たものはemptyだったと思えば、何も第一印象にしがみつく必要は無い。

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