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2006年8月25日 (金)

黄金の日々

思い出してみて楽しい思い出も楽しくない思い出も、時が過ぎれば全て輝きを放ってあんなに辛かったことも過ぎれば芸の肥やしだし、あんなに楽しかったことも過ぎてみればただの思い出になっていたりする。

      
      
子供の頃に家では楽しいことも確かに有ったけれど、楽しくない事も沢山有って、どちらかと言えばバイオレンスな環境に居た自分に気付く。
生まれて赤ちゃんの頃の記憶なんて本当に無いけれど、幼児期の記憶は時々フラッシュバックの様に思い出されて、自分に辛い思い出は逃れるように客観視する自分が居る。
    
それは多分、私だけでは無いと思うし、たとえアラブの王子様のように小さな頃からお金持ちでも、自分の人生に疑問を持ったり・違う人生が無いかと考えるのは誰でも一緒だと思う。

         
         
幼稚園の頃の私は、私が出掛ける時に、ふと母が淋しそうに見えることも有った。
   
「今日は休んでいい?」私が言うと。。。
      
次の瞬間に楽しそうな表情の母が居たりした。

            
    
保育園の頃の運動会にも私は休み、そして少ししてから母が休んでいる私を運動会のグランドの所に連れて行ってくれた。
私はずる休みがバレるのが嫌で、キャラクターのお面を買ってもらい、お面をして変装したつもりだった!

            
       
残念なことに・・・同級生は一発で私の姿を見て私だと気付かれたけれど・・・・
      
       
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今は居ない母だけど、私は本当に育てにくい子供だったはずで、それでも自分が亡くなるまでずっと私を好きでいてくれた根気強い母が世界一好きである。
そしてガキだったとはいえ私が行った数々の母への暴言や暴行の数々は社会人になって私が心を入れ替えたかの様に親孝行をしても、まだまだご恩は返しきれて居ない事に今も感じている。

         
      
別に自慢することではないのだけれど、母は子育てが結果としては上手な人間だったと思う。
自分も含めて兄弟は全員が自分のチカラで生活をしていて(微妙に私はパラサイトちっくだけど)、親に金銭で頼るなんて事はしなかった。出来なかった!

            
子供が自立出来るためには、よく出来た親よりも、ちょっとダメな私の母みたいな人が最高だと思う。
母の実家は地元ではある意味権威のある家の出身だったのに、全然そんな事を自慢する人ではなかった。本当に頭も腰も低い人だった。
    
私の事を(多分、他の兄弟の前では、その兄弟が一番だと言っていたと思うけれど)一番好きだと言ってくれて、方向音痴の母なのに私の最初の会社の社宅に泊まりに来てくれて、私が仕事でちょっとでも遅くなると寮の門のところで主人を待つ犬のようにひじをついて待つ母が懐かしかったりする。
            
         
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私が実家に男と帰ると、私達について行きたいと、何処からか親戚のネエサンから貰ったスカーフをして付いてくる母。
自分が持っているものの中でおしゃれをして、だけれどちょっとセンスは無いのに、本人が楽しそうにしているものだから、段々とサマになって見えてくる。
      
私と買い物に行くと何でも買ってもらえるからと、1より2が好きでサンダルを2足選ぶ母。
スリッパがボロボロに成ったからと言われて、面倒だからと私は正月に10足くらい買ってあげてそれで・・・・・その年の春に母が亡くなって、親戚がそのスリッパを使うことと成ってしまった。。。

         
 
二人で歩いていて、サラ金屋が配っているポケットティッシュを貰ったときに、立ち止まって頭を下げて「どうもありがとう」とお礼を言う母・・・
      

あんなに小さくて痩せていたのに、信じられない量を食べる母で、最後の福島への旅行の時は、それまで嫌いで食べれなかった物(乾燥した魚の煮物)を残そうとしたので「あっ!ご馳走してもらっているのに残すし!!」とからかったら、焦って食べて食べてみたら「美味しい!!!」

            

亡くなる少し前に食わず嫌いを克服した母が居た!
            
         
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仕事のストレスで私は一度、半年で15キロ太ったことがある!
   
あの時は母と1年ぶりぐらいに逢って、そしてバスから降りた私を笑顔で待っていたのに・・・・急に顔が険しくなった!
そして私の事を斜めから見た!
   
その日は私に痩せろ×2、あんまりだと嘆きまくっていた!
      
翌日、私の顔をやっと正面から見たかと思ったら・・・・笑いながら一言
 
   
「やっと見慣れたw」
      
      
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私が男が不在のときにモーニングコールをお願いしたところ、居ないときだけでイイと言ったのに・・・
その後は事故に逢う前日まで毎日電話をくれた!!!
 
私に電話をするのが人生の楽しみだったらしく、今度は明らかに休日の日も電話をしてきて
「ごめん。。。今日は休みだって解っていたけれど・・・癖になっちゃって・・・」と、電話を掛けてきた事もあったっけ・・・

            
       
で、私は年に数回はチョコラ×2、海外旅行をしているんだけれど、その期間は前もって「もし、旅行中に電話をしてきたらお土産は買ってきてあげない」と私は宣言をしたりした。
理由は、置き電話の留守電に何か入っていた場合、海外から聞くと結構な金額になってしまうのだ!
      
いつも大量のチョコと化粧品と何か他のグッズを買ってきてあげていた。
そして私のお土産を世界で一番楽しみにしてくれていて、、、、そして一番喜んでくれて、、、、
だから私は今は、とてもぢゃ無いけれど月命日には実家に帰る事は出来ないから、月命日に間に合うようにお供えのお菓子を母が好きそうな物を選んで、そして和尚さんにお供えしていただけるようにお願いしているのだ!
   
私は霊の存在なんて考えない。
だけど今では母のことを考えて商品を選べるのはこのお供えだけでしかない。
      
過ぎ去った日々は本当に楽しくて、何だか嫌な思い出までも楽しく感じて、そして失ったものが本当に大きくて偉大な物なのに、失う前はは当たり前の顔して大切にしなかった時間を大後悔。
      
本当に自分の人生が、未来が見えるものだったなら、こうして訪れる物事の終焉に上手く自分のコンディションを持って行けるけれど、先ずは私達は未来は予想できても見える事は無い!

    
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健忘症で単細胞の私は、全ての時間を大切にしようと決意をしても、簡単に次の瞬間にこの決意も忘れるのだけれど、モノに対しては後回しできても、ヒトに対しては後回しにしないように努力をすることにしたのだ!
    
例えば・・・ゴミ捨ては今日忘れても明日はあるけれど、今受けた親切に有難うと言う言葉は、出来るだけ早く言わないと相手にも伝わらない。
相手に感謝していること、誉めなければならないこと、相手からパワーを貰っていること☆
    
本当に言葉は簡単に嘘を吐くけれど、言葉に出さない限りエスパーなんて存在しない。
 
だからお礼や挨拶は気付いた時に早急にすべきだと思っている。

            

何も言わない母なのに、私に生き方までも教えてくれる。
   

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